毎日新聞_刑事裁判_掲載記事「3被告に罰金求刑」

毎日新聞 2016年3月17日付
3被告に罰金求刑
地裁論告 西条・園児水死

西条市の加茂川で2012年「西条聖マリア幼稚園」(同市)の
宿泊保育に参加していた吉川慎之介ちゃん(当時5歳)が、
川遊び中の増水で流され水死し、園児2人が怪我をした事故で、
業務上過失致死傷罪の罪に問われた当時の引率者3人の論告求刑公判が17日、
松山地裁(日野浩一郎裁判長)であった。

検察側は、元園長(75)に罰金100万円、
元教諭(47)と教諭(46)にそれぞれ同50万円を求めた、
判決は5月30日。

慎之介ちゃんの両親の意見陳述もあり、
母親の優子さん(44)は
「今後子供が犠牲にならないようこの事故の教訓が活かされることを願う」と涙ながらに話した。
起訴状によると、3人は増水の可能性を予見でき、水難を防ぐ義務があったのに、
事前の現地調査や天候確認を怠って慎之介ちゃんを水死させたほか、
園児二人の頭や腕に1週間のけがをさせた、とされる。

弁護側は、川の急激な増水を予見できなかった、などとして無罪を主張している。

毎日新聞_刑事裁判_掲載記事

朝日新聞_刑事裁判_掲載記事「元園長に罰金100万円求刑 西条の園児水死事故」

朝日新聞 2016年3月17日付
元園長に罰金100万円求刑 西条の園児水死事故

西条市の加茂川で2012年7月、「西条聖マリア幼稚園」の園児だった
吉川慎之介ちゃん(当時5)が園の行事中に川に流されて亡くなった事故で、
業務上過失致死傷罪に問われた元園長の近藤惠津子被告(75)ら
3人に対する論告求刑公判が17日、松山地裁(日野浩一郎裁判長)であった。

検察側は近藤被告に罰金100万円、他の2被告に罰金50万円をそれぞれ求刑した。
休憩されたのは近藤H国の他、当時の主任教諭(47)と、行事の計画立案者(46)の2被告。

論告で検察側は
「危機管理に対する意識の低さが背景にあり、人災としての要素が大きく、過失責任は重大」
などと指摘した。

この日、慎之介ちゃんの両親が意見陳述し、母の優子さん(44)は
「子どもの未来が失われた。職業人として猪野を預かるという意識が欠けており、がくぜんとした」と語った。

弁護側の最終弁論は28日に行われ、結審する予定。

朝日新聞_刑事裁判_掲載記事

読売新聞_刑事裁判_掲載記事「川遊び園児死亡 元園長らに罰金求刑 松山地裁」

読売新聞 2016年3月17日付
川遊び園児死亡 元園長らに罰金求刑 松山地裁

西条市の加茂川で2012年、
西条聖マリア幼稚園の園児3人が川遊び中に増水で流され1人が死亡した事故で、
業務上過失致死傷罪に問われた元円筒の近藤惠津子被告(75)ら3人の
公判が17日、地裁(日野浩一郎裁判長)であった。

検察側は近藤被告に罰金100万円、
元主任教諭村上玲子被告(47)と川遊びなどを計画した越智亜里被告(46)に
それぞれ罰金50万円を求刑した。

論告で検察側は
「被告らは増水の原因となりうる上流域での降雨を気象庁のホームページなどから予見できた。
 遊泳を中止すべきで、
 実施するにしてもライフジャケットや浮輪を用意する義務があったのにそれを怠った」
と指摘した。

この日は、亡くなった吉川慎之介ちゃん(当時5歳)の両親が意見陳述。
父親の豊さん(46)は
「なぜ慎之介が死ななければならなったのか。説明責任を園は果たしていない」
と訴えた。

次回公判は28日で、弁護側の最終弁論が行われる予定。

読売新聞_刑事裁判_掲載記事

平成28年3月17日 NHK松山支局「水難事故で元園長らに罰金求刑」

平成28年3月17日

NHK松山支局

 
平成24年、西条市の川で、
幼稚園の行事で水遊びをしていた当時5歳の男の子が
増水した川に流され死亡した事故の裁判で検察は、
十分な安全対策を怠ったなどとして業務上過失致死傷の罪に問われている
幼稚園の元園長ら3人に罰金を求刑しました。

平成24年7月、西条市の加茂川で、
幼稚園の行事で教諭らの付き添いのもと水遊びをしていた園児らが、
増水した川に流され、このうち、吉川慎之介くん(当時5歳)が死亡、2人がけがをしました。

この事故で、
幼稚園の元園長の近藤惠津子被告(75歳)と元教諭らあわせて3人が、
川が増水する可能性を予見できたにもかかわらず、遊泳を中止せず、
必要な安全対策を怠ったなどとして、業務上過失致死傷の罪に問われています。
17日、松山地方裁判所で開かれた裁判で、
検察は、
「事前に調査をしていれば川が増水する危険性を容易に知ることができた。
 ライフジャケットなど救命用具の着用もさせず、安全管理や危機意識が低く、人災としての要素が大きい」
と指摘し、近藤元園長に罰金100万円、元教諭ら2人にそれぞれ罰金50万円を求刑しました。

これまでの裁判で弁護側は、「急激な増水や突然の濁流は予見することは不可能だった」
などと述べていて次回、今月28日に開かれる弁護側の最終弁論でも
無罪を主張するものとみられます。
判決は、ことし5月30日に言い渡される予定です。

/////////////引用終了

平成28年3月17日_意見陳述~慎之介の父より

2016年(平成28年)3月17日
松山地方裁判所41号法廷
(事件番号:平成26年(わ)第81号)
論告求刑の前に意見陳述をさせていただきました。

以下、吉川豊の意見陳述です。

吉川慎之介の父親であります、私、吉川豊より意見陳述をさせていただきます。

私達夫婦は今から18年前、平成10年5月に結婚いたしました。
結婚当初はなかなか子宝に恵まれず、
私達の祖父母、両親、親戚の方々など周りの親類縁者からも色々と気にかけられておりました。
病院なども受診したりして、色々な検査を受けておりましたが、
そのような環境の中で、結婚してからちょうど8年目、
平成18年9月7日に長男慎之介が誕生しました。
妻の妊娠が分かった時、そして慎之介が生れた瞬間、
その時の感動は今でも忘れることができません。
結婚8年目にしてようやく授かった長男慎之介の誕生は、
今まで気にかけてくれていた両親、兄弟からも祝福され、
皆、涙を流しながらその誕生を喜んでくれました。

そのような境遇で生まれてきた慎之介を、
これまで私たちは本当に愛情を注ぎながら育ててきました。
もちろん両親、兄弟、親戚一同からもたくさんの愛情を受けて慎之介は育っていき、
本当に素直な、気持ちの優しい男の子でした。

そのように大事に育ててきた息子の身に、
このような悲劇が訪れるとは夢にも思わず、ましてや保育を専門としている幼稚園が、
その屋外保育の最中に自分の息子を死に至らしめるなどということは考えもしませんでした。

この事件が起こった当初、息子が川に流されたと聞いたときは、
川で泳ぐなどということは幼稚園側から一切聞いておりませんでしたので、
一瞬、腑に落ちない点は多々ありました。
そして、慎之介の葬儀後に、初めて慎之介が亡くなった現場へ行き、
川の様子を見た瞬間、こんなところで子供を遊ばせていたのか、
ということを感じたことは今でも記憶に残っております。
河川敷でさえ大きな石や岩がゴロゴロと転がっている非常に危険なところでありますが、
実際に私も川の中に何度も入ってみた印象は、急に深くなる場所や、
苔で足が滑りやすい場所、そして急に流れが速くなるところといった場所がたくさんあり、
大人でさえも身に危険が生じるようなところで、ましてや脚力が弱く、
泳力などといったものが皆無に等しい幼ない園児達が安全に遊べるような場所ではない、
ということを現場に行った時に痛感しました。

葬儀後に初めてこのように危険極まりない場所に連れて行かれ、
息子が死亡したことが分かったのですが、
そのような環境の中で息子を死に至らしめたマリア幼稚園の教員たちを、
息子の葬儀に参列することを承諾してしまったこと、そのことは今でも悔やんでおります。
自分たちの愚行を知っていながら、のこのこと葬儀に参列した被告ら
マリア幼稚園の教員たちの無神経さにも、今更ながら驚かされます。

今回の事件はなぜ起こったのでしょうか、
なぜ慎之介が死ななければならなかったのでしょうか、
何が原因で慎之介は死んだのでしょうか。

この原因については、3人の被告たちにはもちろん、
マリア幼稚園に対して、私達が納得できる説明をするよう、
事件当初から何度も言い続けてきたことであります。

しかしながら幼稚園側から示された報告書の中身は遺族にとっては本当に希薄な内容で、
こちらが求めている本当の原因については触れられていないものでした。
そして、その報告書の説明についても、保護者が多く集まる保護者説明会の1度きりで、
私達遺族に対して個別に説明することなく、また、こちらが納得の出来る原因分析をした資料は、
今日までマリア幼稚園からは一切受け取っておりませんし、報告すらありません。

何度も言いますが、私達が、あなたたち3人やマリア幼稚園に求めていることは、
なにが原因でこのような事件が起きたのか、
その原因について遺族が納得できるものを報告してもらう、これだけです。
これは事件後、一貫して被告らに求めてきたことでありますが、
被告らは未だに、「本部の圧力が」とか、「園長に止められて」などと、
子どもが言い訳するような幼稚な理由を並べて、逃げ続けております。

また、これは少し信じられない事実でありますが、
事件後、その原因についてきちんと報告するように、被告らに言い続けていたのですが、
事件から一週間もたたない7月26日にマリア幼稚園の教員たちは、
県立新居浜病院へ赴き、慎之介の死体検案書を私達に無断で発行するよう求め、
死体検案書を入手しました。事件から6日後のことであります。
なぜ、そのように死体検案書を急いで入手しようとしたのか。
被告らやマリア幼稚園はその死体検案書を手に入れて、
日本スポーツ振興センターに災害共済給付金の手続きを行っていたのであります。

被告らは、何度も足を運び謝ろうとしたが、会ってもらえなかったなどと申しておりますが、
実はその裏では、死後6日という、かくも早い時期から「損害賠償問題」に真っ先に目を向け、
死体検案書を取得し、更に日本スポーツ振興センターに対して、
慎之介の死亡見舞金の支払請求をするなど、私達の全く知らないところで、
着々とその対策を講じ始めていたのです。
このことは、これまで説明責任を果たすよう被告らに求め続けてきた私達遺族にとって
精神的苦痛を味わされた、驚愕的な事実であります。

そのような行ないをしている被告らから、冒頭陳述で謝罪されたとしても、
その言葉を信用することなど出来る訳がなく、私達の心には何も響きません。
泣いて謝っていたとしても、心の中では舌を出している、としか思えないのです。

ましてや被告らは、本人尋問の中で、
「遺族・保護者にきちんと原因を説明できたと思う」などと申しておりますが、
それはとんでもない大間違いであります。説明責任など果たしてもらえていないのが現状です。

事件後、私達はその原因を知りたくて、
被告らマリア幼稚園や本部と言われるロザリオ学園に対して、
説明責任を果たすよう求めてきましたが、
いっこうにその要求に応えることなく無視しつづけられたので、
致し方なく自分たちで事件の原因究明を行うべく、大学教授や弁護士に依頼し第三者委員会も立ち上げました。
但し、第三者員会から何度も事故のいきさつや、
幼稚園の組織体制などをヒアリングしたいという意向を伝えましたが、
被告らはその問いかけに、一切答えようとしませんでした。

被告らは知らないと思いますが、当時、増水に巻き込まれ、
心に傷を負った園児たちは、当時の怖い体験を思い出し、今でも苦しんでいるのです。
しかしながら、保護者説明会において、
継続的に園児達の心のケアを行っていくと約束したにもかかわらず、
被告らマリア幼稚園はその約束を守っておりません。
本当にひどい話であります。

はたしてこの事件は何が原因で起こったのでしょうか。

慎之介は越智被告の手を離れてから、絶命するまで、
恐らく、想像を絶する苦しみを味わいながら死んでいきました。
僅か5歳の幼い息子に、その苦しみを与えた被告らのことは、
やはり今でも許せません。
この感情は一生続くことになると思います。

慎之介の遺影の前に立ち、慎之介のことを考えると、
どうしても被告らの顔が出てきてしまいます。
自分でもなぜだか分かりませんが、今でも必ず被告らの顔を思い浮かべてしまうのです。
近藤被告が園長でなければ、
村上被告が主任でなければ、
越智被告が計画していなければ、
そして被告ら3人が幼稚園教諭でなければ、
慎之介は今でも生きていたかもしれません。
私達3人、幸せな生活を送れていたかもしれません。無念であります。

被告たち3人、あなたたちは、いつまで私達を苦しめるのですか。
いつからこの事件と向き合おうとするのですか。

もう逃げ回るのはおよしなさい。
きちんとこの事件と向き合い、私達遺族に対して、
そして心に傷を負った子ども達やその保護者に対して
今回の事件がなぜ起こったのか、その原因をきちんと説明する、
その事が、あなたたちが一生をかけて行っていく「償い」なのです。

幼稚園教諭にとって一番大事なことは何でしょうか。
園児に読み書きを教えることでしょうか。
自然を体験させることでしょうか。
花火を見せることでしょうか。
スイカ割りを体験させることでしょうか。どれも違います。
幼稚園教諭にとって一番大事なことは、
「預かった子どもの命を守る」
それが教員たちに与えられた使命なのです。

公判を通じて分かったことは、
結局、被告ら3人は川の危険性を知りながら、
何もしていなかった。
そして、
無知であった。ということです。

無知は罪です。

ましてや子ども達を預かることを業務にしている被告らが、
何の安全対策も行わず、危機意識を持たない無知な行動は許されません。

もう一度、今回の事件が何故起こったのか、自分自身でその原因をよく考えなさい。
それを自分なりに書面でまとめて、私達に報告しなさい。
私はいつでも、あなたたちからの報告を受けます。
そして、私は自分自身納得いくまで、あなたたちに対して説明責任を求めます。
そのことは決して忘れないように。

そして最後に、あなたたちの行動、振る舞いは、慎之介がずっと見ています。
何年経っても慎之介は、あなたたちの姿を見ています。
そのことも決して忘れないように。

以上。

平成28年3月17日_意見陳述~慎之介の母より

2016年(平成28年)3月17日
松山地方裁判所41号法廷
(事件番号:平成26年(わ)第81号)
論告求刑の前に意見陳述をさせていただきました。

以下、吉川優子の意見陳述です。

私にとって、平成24年7月20日は、ずっと昨日です。

私は、慎之介の死と向き合う時、おかあさーん!
と元気いっぱいな笑顔で走り寄って抱きついてくる慎之介の姿と、
一緒に過ごした楽しい日々を思い出し、深い悲しみを受止めます。

慎之介の最後の姿は、目は半開きで、
左肩に激しくぶつけたような黒い痕があり、肺は吸い込んだ水で満たされ、
顔や体にも、岩にぶつかりながら流されていったのだろうと思われる痣や傷が多くありました。
そんな痛ましい状態でありながらも、
まるで微笑んでいるかのような表情のまま、刻々と腐敗し、
火葬場で焼かれたあと、慎之介は、真白な骨になりました。
これが、慎之介に与えられた現実です。

絶望的な状態の中、
近藤被告、村上被告、越智被告たちの、理解に苦しむ対応が続きました。
近藤被告は、搬送先の病院で、慎之介の遺体を前に、まるで他人事のように、
「可哀そうに、冷たかったろうに」などと言い、
村上被告、越智被告らは、無言のまま立ち去りました。
次の日、近藤被告から、
「松山から、わざわざ理事長がお見えになっているから、お宅に伺いたい」
との連絡ありましたが、お断りをし、葬儀の案内をしました。
その後、私達から説明を求めるまで、被告たちからは、何の連絡もありませんでした。
事故の説明を求める私たちに対し、
村上被告は「本部が、保険会社が、話すなと言っている、警察が捜査している」などの理由で、
「何もお話しできない。自分が話すと、他の先生に迷惑がかかる」と言われたので、
「組織としてではなく、人として対応してください、マリア幼稚園に入園させたことを後悔させないでください」
と、お願いをしましたが、「気持ちは分かりますが」と、一蹴されました。
事故後10日目に、やっと開催された保護者会でも、
事故については話せないという説明から始まり、
保護者の質問に対し沈黙ばかりが続き、5時間もかかった末に、
私達保護者は、「一緒に、このマリア幼稚園を立てなおしましょう」とお願いをしましたが、
結局、被告らはこの思いにこたえてはくれませんでした。

私達は保護者と共に、事故の再発防止のため、独自に原因究明を行ってきましたが、
その調査への協力も裁判を理由に断られ、被告らとは、この刑事裁判で再会することになりました。
私は、先生達と一緒に向き合えるのではないかという、
針の孔ほどの希望を捨てきれずにいましたが、被告らは、
私と同様に、この事実と向き合えるような人間ではないという事を、
この裁判で確信し、失望いたしました。
裁判中、居眠りをしているように見えた近藤被告や、
飄々とメモをとる村上被告、越智被告らの、この場をやり過ごすことしか考えていない姿を見て、
私は、示される事実を、慎之介の声だと思い、全てを受止めていただけに、情けなくなりました。

慎之介は、結婚8年目に授かった大切な命でした。
平成18年9月7日、3660グラムの大きな男の子が産声をあげました。
大変なお産だったので、その声を聞いたとき、
慎之介が生きていることに心から安堵したのと同時に、
慎之介の母親として生きていく責任を深く実感しました。
翌年、慎之介が1歳の誕生日を迎える前に、
夫の転勤に伴い愛媛県西条市へ転居することになりました。
神奈川県出身の私達夫婦にとって、知らない土地での新しい生活と初めての育児は、
とても不安でしたが、慎之介を通じて、沢山の出会いに恵まれました。
子どもたちとの集団生活や、多年齢の子どもたちとのふれあいをさせたいと考え、
慎之介が3歳を迎える前に、幼稚園への入園を検討し始めました。
西条市内の幼稚園を全て見学し、通える範囲の幼稚園には、何度も通い、
子どもたちの様子や慎之介の様子を見て、
学校法人ロザリオ学園西条聖マリア幼稚園に、満三歳児入園をさせることを決めました。

平成22年10月の終わりに入園し、慎之介の担任は、年中まで村上玲子被告でした。
入園当初、慎之介は、「れいこせんせい」と言えず、「れんこせんせい」とか、
「れんこんせんせい」などと呼んでいました。
私は、そんな慎之介や子どもたちの成長を、先生や保護者と共に見守り、育てていると信じていました。
幼稚園を検討する際、どの幼稚園も「安全は確保されている」という事は大前提の上、見学をさせて頂きました。
幼稚園に子どもを通わせるという事は、保護者としての責任を、幼稚園の先生方に委ねることになります。
信頼していなければ、大切な我子の命を預けることなどできませんし、通わせることなどできません。

近藤被告、村上被告、越智被告は、
安全の事などは習っていない、教えてもらっていない、誰も教えてくれなかったとのことでしたが、
通常、社会人は、与えられた仕事に応じて、自分に足りない知識や技術を自ら習得し、
その責任を全うすることで、社会的信頼と評価を得ることが出来ます。
そして、職業人として、社会の中での役割を担うために、研鑽をつみ続けることは、
必要不可欠なことであって、当然の事だと理解しています。

被告らには、幼稚園教諭という職業人として、
大前提にあるはずの「子どもの命を守る」という理念が、大きく欠落していたことと、
社会人としても、あまりの非常識さと無知さ、無責任さが露呈し、
私は、このような人間を信頼し、慎之介の命を託していたのかと、愕然と致しました。
マリア幼稚園が大好きで、先生たちの事も大好きで、先生たちを純粋に信じていた慎之介は、
マリア幼稚園のお泊り保育で無残な溺死を経験し、未来を失いました。
被告らは、申し訳ないなどと謝罪していましたが、何も響きませんでした。

どんなに時が流れても、この凄惨な事実は、
何一つ変わることなく在り続け、許される日など、おとずれることはありません。
 
私や慎之介をはじめ、子どもたちや保護者の大半は、
ふれあいの里へ行った事はありませんでした。
初めて訪れる場所で、初めて親から離れ宿泊をするということは、
子どもたちにとって、大きな挑戦だったのです。

慎之介と毎日、一人で寝れるかな、お母さんいなくても大丈夫かなと、
お泊り保育について話をしていました。
慎之介は、お友達と一緒に寝ることを楽しみにしている様子でした。 
そして、お泊り保育当日、家を出る時に、慎之介は私にこう言いました。

 「おかあさん、ごめんね、きょう、ぼく、おとまりなんだ。
  さみしくない?ひとりでねれる?」

この日、夫は前日から熊本へ出張で留守したので、私を心配してくれたのだと思います。
私は慎之介を、ぎゅっと抱きしめてこたえました。

「慎ちゃん、ありがとう。お母さんは大丈夫。
 明日、お父さんと幼稚園にお迎えに行くからね。慎ちゃんは大丈夫かな。」

慎之介は、いつもの笑顔でこたえました。

「ぼくはだいじょうぶ!しゅっちょういってきます!」

これが、最後の会話となりました。
慎之介の葬儀では、子どもたちや保護者の方をはじめ多くの方が、
慎之介に最後のお別れをして下さいました。
近藤被告は当時のロザリオ学園の理事長や関係者と、
いつの間にか、参列者の席に堂々と座っている姿がありました。
村上被告、越智被告も、他の教諭らと共に参列していましたが、何の挨拶もありませんでした。

夫が、葬儀の最後に、参列者の皆さんへ挨拶をしました。

「なんでぼく、死んじゃったんだろうと、慎之介が一番びっくりしていると思います。
 私は、山林事業に携わっており、自然に対する知識もあるので、
 このような形で息子を失い、とても悔しく思います。
 家族でプールや川や海へ行くときは、ライフジャケットやアームヘルパーをつけて遊んでいました。
 このような事故が二度と起きないためにも、私は、事故の原因究明を徹底的に行います」

この言葉にこたえてくれたのは、保護者と子ども達でした。

葬儀の次の日、私達が、現場へ向かい、手探り状態で原因究明を始めていた時に、
当時の保護者会の会長さんから、子どもたちの記憶が薄れてしまう前に、
子どもたちから話を聞いて、事故の体験レポートをつくりたいという連絡を受けました。
保護者の皆さんたちは、たった一日で、現場で検証するための準備をしていました。

卒園児の保護者の方や、他の学年の保護者の方をはじめ、
ふれあいの里のスタッフの方々や消防団の方、通報してくださった観光客の方など、
多くの方が、この事故の原因究明に協力をして下さいました。
子ども達の中には、慎之介の死について自分を責めたり、
恐怖心から、夜眠れなくなり、泣き出しだしてしまう子や、
お泊り保育には行っていないと、心を閉ざした子もいました。
あの日の事を、急に、話しだす子どもたちもいます。
慎之介も唇は真っ青でしたが、寒がっていたお友達に「だいじょうぶ?」と声をかけていたことなど、
最後に交わしたと思われる会話を聞きました。

子どもたちは、全てを見ています。
川の様子、友達が流されていく様子、先生たちの会話や行動、危険に晒されながらも助かった事、
一緒にいた慎之介が死んだという事は、子ども達が経験した、消せることのできない悲惨な事実なのです。

そして、大人たちがこの事件と事実に、
どのような姿勢で、どのように向きあったのかを、幼くともしっかりと見つめています。

子ども達に、慎之介のような経験をさせてはなりません。
不幸で仕方なかった事故、失われても仕方ない命など、何処にも存在していません。
事故や傷害は、仕方ないと諦めるものではなく、人智を尽くして未然に防ぐものである、
という理解は、一般企業や先進国では常識となっています。

子どもは、一人の人であり、社会にあたたかく向かい入れること、
その命を守るということは大人の責務です。
大人に守られるということは、子どもの特権なのです。

子どもたちが、大人の無知や無責任の犠牲にならないために、
立場を超えて、
子どもたちの命を守ることを、考えていただきたいと思います。
この事件の教訓が活かされることを心から願います。

以上です。

この事件について思う事

近藤被告、村上被告、越智被告の
尋問では、
保護者や遺族には説明責任は果たしたし
幼稚園教諭の免許を取得する際にも
ロザリオ学園や幼稚園協会などの研修でも
安全の事は習っていないし教えてもらっていない
何の準備もしていていなかったけれど
事故は防げなかったんだ、だから、責任はないとの主張。

下見は、越智が4月に行った、さらに、前年に息子と遊びに行ったついでに
川の様子を見た、村上は、事故後に越智が下見していた事を知った
近藤は、二人に任せていたとのこと。
あの川が危険だったら、ふれあいの里の人がそう教えてくれるだろうと思った。
自分からは聞かなかったし、聞こうともしなかったけれど。

近藤惠津子被告
「防げませんでした(怒)」と逆切れ気味に主張。
そのように見えてしまう人なのかもしれませんが。

せめて31名の子ども達の保護者には
同じ親として、
この人たちの姿勢や主張を見て聞いてほしかった。

たまたま、亡くなったのは一人だけでしたが
4人が流され、半数近くが川の中に取り残されて
偶然にも観光客の方がいて、スタッフも2人男性がいたことから
その方達に助けてもらえたから、無事に生きている訳で
たとえ、今、元気であっても
全員が、犠牲者で被害者であることに変わりはないです。

次の事故を防ぐために、まずできることは
他人事と思わないことです。

近藤被告が担任だったころに起きたというバスの事故。
園児は死亡した重大な事故だったと聞いています。
その後も、うんていからの落下、ブランコからの転落、鼓膜損傷等々
事故が多発し続け、今回の溺死傷事件が発生しました。
全て水面下で処理済・対応済となっています。
そして、これだけ事故が起きていても、
あの川では何もなかったから大丈夫だ、と思えてしまう感覚。
恐ろしいです。

偶然起きた事故なんかありません。
起こるべくして起きた事故です。

しかしながら、またもや、
無かった事にしようとしているロザリオ学園のスタンスは、
改善すべきだと思います。
元園長近藤恵津子被告は、何度事故を起こしても
ロザリオ学園が守ってくれるし、全て対応してくれる
そういう姿勢で、園長として子ども達と向き合い
この裁判でも、手厚い支援を受け、
傍聴席にいるロザリオ学園の関係者の皆さんに見守られながら
安心して法廷に座っているのです。

無かった事にして、
事故・事件を忘れた頃に、
また、子ども達が犠牲となる。
ずっと繰り返されている惨状。
今回の事件が証明しています。

平成28年3月4日付 愛媛新聞記事

平成28年3月4日付け愛媛新聞記事より引用

西条・加茂川園児死亡
「天気予報確認した」松山地裁元園長ら予見性否定

2012年7月に西条市中奥の増水した加茂川で
西条聖マリア幼稚園(同市大町)のお泊り保育中に
吉川慎之介ちゃん(5)が流されて死亡し
園児2人が怪我をした事故で、
安全への注意義務などを怠るなどして3人を死傷させたとして
業務上過失致死傷罪に問われた当時の園長ら3人の
被告人質問が3日、松山地裁で行われ、
元園長の無職近藤園津子被告(75)=西条市丹原町丹原は
「1週間前から(継続的に)新聞の天気予報で確認していた」
などと、急な増水は予見できなかったと主張した。

ほかの2人は
元主任教諭で無職村上玲子被告(47)=新居浜市大生院と
同保育の計画立案者で園教諭(休職中)越智亜里(46)=西条市禎瑞の両被告

近藤、村上の両被告は、現場が雨で急に増水すことがあることは知らず
職員会議などで浮き輪やライフジャケットが必要
との意見が出たことは無かったと述べ
新聞などで西条市内の天気予報を確認し続け、
当日の天気は実際に確かめて川遊びの実施を決めたと説明した。

越智被告は4月に現場を下見した際
「過去にお泊り保育を実施した時と川の様子はほとんど変わっていなかった」
と述べた。

3人は、いずれも証言の冒頭で
「助けることが出来ずに申し訳ない」と謝罪した。

・・・・・・・・・・引用終了・・・・・・

3人の被告らですが、
安全の事は習っていません、
川の危険について聞いたことありません
ふれあいの里のスタッフも教えてくれなかったなどと証言し
安全対策等の準備は何もしていなかったことが明らかになっている中で
「助けられなかった」は無いでしょうと思っています。
何も、響きません。

近藤被告は当日の天気予報は確認していないと述べ
「空を見て決めた」と証言。
村上被告、越智被告は、雷注意報は掲載されていなかった
などと述べていましたが・・・
一週間前に行われた夕涼み会では、前日からの雨の影響で
園舎内と園庭で開催することになったのに「ずっと晴れていた」とは。

事故当日、
「今日、明日と天候が悪そうなのでカッパを持参してください」
と通知を出しています。

H24年7月20 お泊り保育当日_マリア幼稚園からの注意案内(PDF)

 
以前、弁護士である保護者の方に
先生方は、これから本当の事は話しません、
時間の経過とともに
自分の都合の良いように記憶が上書きされていき
それが、あたかも事実だと思いこむようになるのが
人間の脳の性質です、と言われたことがありましたが
その現象を目の当たりにしているという事なのでしょうか。

平成28年3月4日付 愛媛新聞記事「天気予報確認した」松山地裁 元園長ら予見性否定

平成28年3月4日付 愛媛新聞記事
「天気予報確認した」松山地裁 元園長ら予見性否定

平成28年3月3日、4日_被告本人尋問が行われました。

2016年(平成28年)3月3日、4日の二日間
松山地方裁判所41号法廷にて被告人尋問が行われました。
(事件番号:平成26年(わ)第81号)

刑事裁判、被告本人尋問が終了しました。
尋問詳細は、改めて、纏めます。
まずは所感を。

とても、恐ろしい実状が明らかになったと思っています。

近藤惠津子被告、村上玲子被告、越智亜里被告
涙ながらに申し訳なかったなどと謝罪していましたが
何も響きません。

安全については習っていないし、
現場の川が危ないと教えてもらっていないから
責任はないんだ、などと主張していますが
保育者、教育者として失格と言わざるを得ません。

近藤惠津子被告、村上玲子被告、越智亜里被告の
証言の細かい部分に見られる小さな嘘を見抜くたびに
気分が悪くなりました。

今回、私の家族が傍聴に来ていました。
4日の尋問二日目も、西条から保護者の友人がきてくれていました。
愛媛大学の小佐井先生も傍聴してくださいました。

尋問終了後、
法廷を出た廊下で皆さんが待っていてくれました。

私は、緊張がゆるんでしまい、悔しい思いを抑えきれず
ふざけるなと泣いてしまいました。
慎之介は、殺されたも同然ではないかと。。

保育、教育現場において
このような事件と対応が繰り返されてはなりません。
明らかになった事実をもとに
事故事件の再発防止、未然防止への取り組みに
繋げていけるよう、心を整理し、
裁判を通じ最後まで現実と向き合いたいと思います。

次回は、3月17日論告求刑です。
被害者参加人として、意見陳述をさせて頂きます。

しかしながら、驚いたことに、
弁護人から内容によっては異議を申し立てる、
事前に見せろなどと言われました。
私達のような素人の発言が、しかも心情を述べる「意見陳述」が
裁判の判断に左右されるはずもないと心得ておりましたが
遺族に対し法律のプロから「異議」とは・・・とても残念です。
被害者である慎之介や子どもたちよりも
立派な先生方に手厚く守られている被告の権利の方が絶大ではありませんか。

被害者参加人の限られた権利ですので、しっかりと意見陳述させて頂きます。

この刑事裁判を迎えるために、
捜査資料を読み込んだり、
検死データを何度も見て、慎之介の最後の声を探しながら
心の準備をしてきました。
ここまで、よく踏ん張ったと思います。
最後まで、頑張ります。

平成28年2月18日 証人尋問が行われました。

2016年(平成28年)2月18日
松山地方裁判所41号法廷にて証人尋問が行われました。
(事件番号:平成26年(わ)第81号)

刑事裁判、証人尋問が終了しました。
今回は、
石鎚ふれあいの里の責任者、お泊り保育の引率教諭2名
大阪市立大学の教授、4人の証人が出廷されました。

石鎚ふれあいの里責任者の方からは、当時の天候について
他の保育園、幼稚園がお泊り保育で利用する際に
行っている事前打合せについて、
また、水中お魚観察会など
ふれあいの里で実施している川での活動などについて、
説明がなされました。

そして、お泊り保育引率教諭の
寺西佳代子氏と篠田ひとみ氏、
法廷での態度や印象が対照的でした。

寺西氏は事故後、西条聖マリア幼稚園を
年度末に退職し、
篠田氏は現在も、西条聖マリア幼稚園で
事務員として在職中です。

寺西氏は、慎之介の元担任ですが、法廷に入ると深く一礼。
私たちと傍聴席にも一礼していました。

篠田氏は、法廷内に入ると、誰に対してでもなく、
ひょこっと軽い感じの会釈をしていました。
私たち夫婦は、被害者参加制度を利用していますので
法廷では検察官の隣にいるのですが、
篠田氏は、私たち夫婦へは一瞥もくれず、
これまでも無視され続けている状況ではありますが
彼女の中には、まるで存在していないかのようでした。

当時の引率者5人が法廷に揃ったわけですが、
各々、向き合う姿勢がバラバラな感じで、
関係性に違和感を持ちました。

寺西氏からは、自分の言葉で誠実にこたえようという思いが伝わりました。
それだけに、
なぜ、これまで、私たちと一緒に向き合ってくれなかったのだろう?
という思いが募りました。

篠田氏は、慎之介が沈んでいく姿を見送った人ですが、
相変わらず、他人事な感じでした。
尋問では、怒りをあらわにしている表情と態度、
そして、増水後にとった行動説明の際、子どもたちに、
「きちゃダメ!戻って!」とジェスチャーで伝えたということを
再現する彼女の姿からは、不誠実さしか感じることが出来ませんでした。

検察の尋問では、教諭らが安全対策など
準備を何もしていなかったことや、情報共有もされていなかったこと、
そして当時、発熱していた園児がいたのに水着に着替えて
みんなと一緒に川遊びに参加していたこと、
子どもたちが寒がっていたこと、
範囲を定めず深い場所でも子どもたちが自由に遊んでいたこと、
バラバラに川を渡り始めたことなどが明らかになりました。

弁護人の尋問は、養成課程で安全教育はないという事や、
川遊びの注意や増水に関しても、幼稚園教諭は習う機会が無いし、
ライフジャケットが必要だという話も聞いたことが無い、
とにかく、安全の事や川が危険だということなどは、
誰からも教えてもらっていないということを確認していました。

習っていないことは
調べて学ぶということが当然のことではないのですか。
子ども達には、そのように教える立場ではないのですか。
習っていないことを
無責任に遂行してはいけないのではないのですか。

一般人はそのように考えます。

被告側の証人として出廷された
認知心理学専門の大阪市立大学の教授から
「後知恵バイアス」というバイアスについての説明がなされました。

事故が起きた事実を知っている状態で、
河川の濁りある写真を見たとき
「これは増水の予兆だ」と思ってしまいがちである。
事故の事実を知らずに見た場合は、
「これは増水の予兆だ」などと思うことはほとんどない。

こういう「後知恵バイアス」というものが人間にはあり、
当時の事故関係者、目撃者、捜査関係者にも影響を与えている。

との事でしたが。

当時、現場にいた証人たちは、写真を見ても、
「これが増水の予兆だと感じた」などという証言はしていません。
写真から、客観的に濁り始めだろうということが明らかになっただけです。

結果を知っていることにより
事件現場の状況証拠の見方が変わる?思い込みが生じる?
ということが「後知恵バイアス」の影響だというのならば、
全ての刑事裁判、事件、捜査機関、関係者に対して、
その影響を受けないためには、
どのような捜査や審理が理想とされるのか、
被告側の証人というネガティブな立場ではなく
研究者として、中立的な立場で科学的に、
改めて、しっかりとしたデータをもとに証明をし、
正式に提言を出していただけたら、
社会的に役立つのではないでしょうか。
と思いました。

この裁判のために、60人もの学生に参加をしてもらい
実験を行ったとのことでしたが、
この実験で使用されたデータでは、
この事故の被害者、死亡園児は3人となっていて、
学生らに提供している写真データについても適当で、
しかも、この裁判のために「初めて」実施した実験だということでしたし、
弁護人の方と、意思疎通や連絡がきちんと取れていなかった
という発言もありました。
リスク認知に関しては、専門外だとも。。。

弁護人の方が向き合っているのは、
この事件の本質的なものではなく、
検察なんだなという印象を受けています。
そして、クライアントは学校法人ロザリオ学園。
傍聴席にはクライアントたちが傍聴に来ています。

冒頭陳述でおっしゃっていましたが
刑事責任を問う事と、
事故の再発防止などと向き合うことは別なはずですから
裁判とは別に、立場を超えて、
「不幸で仕方なかった事故」として終わらせるのではなく
子どもの事故を未然に防ぐためには
どうすればよいかということについても
これを機に考えていただきたいと思います。
安全教育がないという事など、
法廷で問題提起されているのですから
ぜひ、裁判後も訴え続けていただきたいです。

次回は、3月3日、4日 被告本人尋問です。

尋問される順番は
1.近藤恵津子被告
2.村上玲子被告
3.越智亜里被告

法廷でしか再会することができなかった
この現状を、遺族や被害者家族、保護者が
どのような思いでいるのかなど
先生達は、考える余裕もなさそうです。
とても悲しく思います。

学校法人ロザリオ学園、西条聖マリア幼稚園が
守りたいものは何なのでしょうか。

守らなければならないのは
子ども達の命です。

被告本人尋問、
どのような証言であっても
しっかりと聞き留め、見つめたいと思います。